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お盆に寄せて思うこと

震災が起こってから2回目のお盆を迎えることになりました。
去年の今頃を思うと、随分と地域に笑顔が見えるようになったと思います。

それが、ふっ切れた笑顔なのか、
感情を隠すことが上手になった笑顔なのか、
私には知る術がありません。

※写真は「特定非営利法人ドリームゲートさま」よりお借りいたしました。

被災地のお盆飾りは、
小振りなものが売れているとの事。
仮設住宅でのお盆飾りは、やはり小さくなってしまうのです。
経済的に厳しいのもありますが。。

8月13日、
いわゆる迎え盆のこの日、
女川町のとある仮設住宅ではお祭りが開催されました。
私たちも、綿菓子機やポップコーン機などを貸し出して、
少しだけお手伝いをさせて頂きました。

一つでもにぎやかなことが増えてほしい。

人が減り、
建物が無くなり、
地域のつながりが薄れているからこそ、
心からそう願います。

「2年目以降は本当に厳しくなる」
阪神大震災を被災された方がおっしゃっていた言葉が、
胸に突き刺さります。

本当ですね。
痛感しています。

「被災地はもう復興しはじめているのでしょう?」
「仕事もいっぱいあるのでしょう?」
「もういい加減自立したほうが良いよね?」

メディアに被災地の事が載らなくなってから、
良く耳にする言葉です。

人は情報が入らなくなると、
自分の都合の良い方に事実を解釈する傾向があります。
悲しい情報がない=復興している証拠
として。
それどころか被災者に対し、
「いい加減に頼るのはやめろよ」
といった声を掛ける方もいらっしゃいます。

500㎞以上の範囲にわたり被害を受けた被災地。
今回の震災により、仕事が増え、経済的に豊かになった方もいます。
家族や仕事を失い、今も絶望的な環境にいる方もいます。
広い被災地ですべての人が
同じ状況にいるわけがありません。
千差万別なのは当たり前。
でも、人は自分に入った情報だけをもとに判断します。
「被災地はもう大丈夫だって。聞いたよ」
。。。
メディアだって広大な被災地の情報のすべてを
把握することなど不可能なのに。。

そういう私自身も、
阪神大震災や、中越沖地震などの
「2年目」というものを
考えたことなどありませんでした。

知らない、という事は
いかに自分にとって都合が良い事であり、
知らないことで、自分が幸せでいられる、
いわゆる「無知はある意味において幸福なのだ」という事実を
痛感させられます。

今の状況をどう伝えれば良いのか
いまいち分かりませんが、
以前、中国で唱えていた
「先富論」が実際に行われている、
そんな感じです。
そしてその結果も、やはり一緒です。

ここまで、日本であからさまな格差を見るように
なることを思ってもいませんでした。

すべての人を支えることは不可能で、
すべての人に何か出来るという事は無理なことです。
そんな夢みたいなことを考えているほど
お人よしでもありません。

ただ、
「どうにか頑張りたい」
「どうにかして復興したい」
と思い、行動されている地域の方に対しては、
何らかの支えがあれば良いと思います。

それが出来ていない今の状況に、
心から怒りを感じるとともに、
その状況を前にしても大したことが出来ない、
自分自身の力の無さに落胆もします。

多分、東北は復興します。
いつかは分かりませんが。
地域の方はそれだけ努力をされています。

でも、その復興のプロセスにおいて、
私たちが、どのような関わり方をしたのか、
それは今後の私たちの生き方において、
とても重要になる気がします。

「脚下照顧」…自分の足元をよく見て自らを反省しなさい、の意

私たちの足元では、たくさんの問題が起こっています。

足元の問題も解決できない人間が、
どうして他の国や地域にもの申せるのか、
私には理解できません。

間違いなく東北は私たちの足元に存在します。
メディアが紹介する、しないにかかわらず、
足元をよく見ることを心がけていきたい、
そして出来ることを実践していきたい、
とあらためて考えたお盆の一日でした。

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